【コネコビト】
 猫と人間が合わさったような生き物。
 外見的には、五、六才の人間の子供に肖似。
 猫から変成するらしいが、プロセスは不明。

《お断り》
『コネコビト』は多くの創作者の方々に共有されているコンテンツです。
 以降に続く一連の文章は、作者の勝手な解釈に過ぎません。
	
「ポテトフライと唐揚げ。魚のフライももらおうかな」
 俺はジーンズの尻ポケットを探った。小銭を惣菜屋の店主に支払い、白い耐油紙袋に入った揚げ物を受け取る。
 特売のレタスに心を奪われつつ、商店街の店先を覗いていた俺のすぐ脇で引き戸が開いた。箒の穂先と丸いものが飛び出してくる。体当たりを食らい、俺は通りへ尻餅を着いた。
「お客さん?」
 箒を構えていた店主は、慌てて俺を助け起こす。
「何するんだよ! 痛いじゃないか!」
 買ったばかりの揚げ物の無事に安堵しながら、俺は店主を睨んだ。店主は頭を掻いている。
「すみません。でも、こいつが勝手に店の中へ入り込んでたんですよ」
 俺は店主の指さす先に目をやった。転がっていた丸いものは素早く立ち上がり、脱兎のごとく逃げていく。
「……子供?」
「あれ? お客さん。ご存じありませんか? あれはコネコビトですよ」
 小さな後姿は、夕暮れの道を見る間に遠ざかっていた。
	
 悪いと思ったのだろう。店主は、ビールを半ダース買った俺にワインを一本進呈してくれた。投げ売りのワインだが、料理酒には充分である。ありがく貰い受け、家路を急いだ。
「それ美味しい?」
 住宅街に差しかかり、街灯が点っているだけの道である。急に声をかけられ、俺は飛び上がりそうになった。
 振り向いた俺の目は、不可思議な造形を捉えている。一番近しいものは、二足歩行に擬人化した動物のぬいぐるみだろうか。その生き物は俺の持っている袋を凝視していた。
 空腹を表す音が辺りへ響く。
「……食べる?」
 尋ねる俺に頷いていた。
	
 俺の家は一軒家である。
 祖父が土地を取得した当時、この辺りは野原の広がる僻地だった。そこへ父が家を建てる。定年を機に両親は郊外へ移り、勤務先の利便で俺だけが、この家に残された。
「唐揚げ。もっと食べたい」
『コネコビト』というのは、ここ数年の間に現れた新種の生物であるらしい。
「お茶も飲めよ。喉に詰まるだろ。あと野菜」
 皿に惣菜を取り分けてやり、俺は携帯端末の情報を追った。自然保護団体の広報には、人間の子供と同様の食事内容で可と記載されている。箸が使えなかったためパンを焼き、サラダと惣菜を皿へ盛って出した。
「そうすると、つまりこういう事か? 昨夜は普通の猫だった?」
 コネコの話は、こうである。
	
 昨日、コネコは茶色い袋が道に転がっているのを見つけた。踏みつけて遊んでいたところ抗議の声が聞こえてくる。辺りを見回しても誰もいなかった。
「ここじゃよ。痛いから踏むのは止してくれ」
 声は袋から発している。驚いたコネコは飛び退った。
「待って! 行かんでくれ。わしを水のあるところへ連れて行ってほしいんじゃ」
 コネコは薄気味悪いと思ったが、苦しげな声である。
「お願いじゃから。かわりに願い事を聞いてあげる」
 袋を引きずり、付近の公園へ向かった。幼児用の水場に溜まっていた雨水へ袋を投げ込む。途端に袋は膨らみ、年老いた虎縞の猫になった。
「戻れた、戻れた。嬉しいのう! 楽しいのう!」
 年寄り猫は二本足で立ち、踊りだす。呆気にとられているコネコに気付き、腰につけた袋を叩いた。見る間に袋が膨らみ、良い匂いのする丸いものがたくさん出てくる。
	
「すごくおいしいごはん!」
 コネコは年寄り猫と一緒に団子状の物体を食べ、眠ってしまったらしい。起きた時には、年寄り猫はおらず、コネコビトに変化していた。
 一笑に伏したいところだが、目の前の不可思議な生き物の存在は厳然としている。
「……その爺さん猫。猫又じゃないか?」
「ネコマタって何?」
 コネコは首を傾げていた。
「猫のオバケだ」
「お爺ちゃんは、オバケじゃない!」
 テーブルの角を挟んで向かい合っていた俺の顎にコネコの拳が飛んでくる。したたか拳を食らい、俺は呻いた。
「コラ! ちょっと待て! 一発でたくさんだ」
 俺は追撃の構えを見せるコネコの頭を掌で押さえる。コネコは、懸命に腕を振り回していた。
「落ち着けって。変わった力のある猫だって言いたかっただけだ」
「本当?」
 俺は頷く。訝しそうにコネコは俺を眺めていたが、渋々、腕を脇へ下ろした。
「それで、その爺さんに人間になりたいって頼んだのか?」
 自然保護団体の質疑応答事例によれば、コネコビトは人間になることを望んだ猫が変成するものらしい。
「……願い事。……したかな?」
 満腹になり、眠気のさしていたコネコは、自分の発言を正確に覚えていなかった。
「お爺ちゃんとずっと一緒にいたいって頼んだけど、『旅がサダメ』だから駄目だって」
 コネコの話は不明点が多い。だが、一番の問題は、保護者が必要な立場にも拘らず、単独で生活している事実だ。
「……考えたんだが、この団体に行ってみたらどうだ? 食べさせてくれるらしいぞ」
 自然保護団体のホームページが表示された画面をコネコに見せる。
「ごはん! ここ、どこ? 遠いの?」
「神奈川。……江の島のほうだな。ここからだと電車を乗り継いで二時間くらいか」
 コネコは頭を振った。
「駄目。お爺ちゃんが戻って来たら、一緒に行くから」
 年寄り猫と春に再会する約束だと言う。コネコの決心が変わらなければ、同行を許可してくれるのだそうだ。
「春まで半年は先だぞ。本当に迎えにくるんだろうな?」
 俺は空の皿を片しつつ、ため息を吐く。台所の窓から覗く庭の一角でネコジャラシが風に揺れていた。
	

[2014年10月4日] (c) 2014 ドーナツ