[2014年8月10日] (c) 2014 ドーナツ
妹が焼身自殺した。 「本当に見ます? そのまま引き渡せるけど」 警察官が尋ねる。安置所へ続く廊下が蛍光灯を反射して鈍く光っていた。リノリウムの白が目に突き刺さる。 「はい。お願いします」 警察官は、面倒臭そうな顔だ。 金属のドアに部屋の目的が明示されている。バリアフリーを意識した造りで段差がなく、引き戸の形式に則っていた。開かれた向こうは、長方形のフロアへ繋がっている。地下であるため窓はなかった。 「覚悟してください。普通の状態じゃない」 奥の壁に五十センチ四方ほどの引き出しが縦横に並んでいる。 「……そうでしょうね」 俺は覚悟がついていたわけではなかった。正直、恐ろしくて仕方ない。しかし、これは俺が妹に兄らしいことをしてやれる最後の機会だった。 来所者用の名簿に記名を促される。その間に警察官は帳簿をめくり、妹の遺体が収容されているボックスを確認していた。 遺体には、意外なほど臭いがない。焼け焦げ、炭化した肉に開いた眼窩と口腔が間抜けな印象だ。これがあの妹なのだろうか。博物館で殉死したミイラを眺めている気分だ。 死んだ人間は、空気が抜けた風船に似ている。力なく潰れ、歪で醜い。生きている時とは、まったく別の物体に成り果てる。父の葬式で覚えた感慨を俺は、再び味わっていた。 「どうして妹だとわかったんですか?」 引き出し型の棺を壁へ戻している警察官に声をかける。 「どうしてって。……あそこに住んでいたのは妹の洋子さんだけなんだよね? 検案所見と洋子さんの性別が一致してる。疑問の余地はないでしょう?」 洋子の体を構成していた蛋白質は、七割方、燃え尽きていた。外傷はなかったため事件性なしと判断され、解剖も行われていない。 「そうですか」 警察官が訝しそうに俺を伺った。 「何かあるの? 人に恨まれたりもないし、金関係のトラブルもないって言ってたけど」 「ええ、その通りです。ただ妹があまりに変わってしまったもので。すぐに彼女だと呑み込めないんでしょう。……すみません。動転しているんだと思います」 俺の言葉に得心し、警察官は頷く。 「ああね。無理もないよ。まだ若いのに本当にお気の毒だ。『本間家』って言ったら、この辺りじゃ大変な名士でしょう。山だって持ってるじゃない。金に困っているわけでもないのに何を思い詰めることがあったんだろうね?」 「そうですね。……本当に」 俺は曖昧に微笑み返した。
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