停車した道路の脇に看板が立っていた。チェーンのコンビニではなく、古式ゆかしい食料品店である。他に国道沿いの店舗はなさそうだ。食品の備蓄が心許ないことに気付き、浩二はライフルと散弾銃を担いで店へ入る。
「こんにちは!」
 声をかけても誰も出てこなかった。浩二が商品を物色していると奥から店主らしき男が現れる。
「ベビーフードが欲しいんだが」
 浩二の言葉は中途で掻き消えた。店主は足をもつれさせつつ、近付いてくる。目は白濁し、唸り声を上げていた。
 生ける屍、不死化した人間『ラザロ』である。
 浩二は頭を振り、ライフルを構えた。しかし、考えを改め、散弾銃に持ち替える。浩二に向かい、開いた口腔へ散弾が撃ち込まれた。男の顔は粉々になり、脳漿と肉片が四散する。倒れた男のTシャツの胸には、『BOMB』とプリントされていた。
 視線を落とすと銃撃の余波で、浩二のYシャツの胸に肉片が飛び散っている。粘液状に粉砕されたそれを彼は、商品のタオルで念入りに拭き取った。
	
 商品のいっぱいに詰まった買い物かごを二つずつカートに積載し、三往復する。トランクは日用品で溢れかえった。浩二は鼻歌を歌いながら車を発進させる。別荘までは、もうすぐだ。この小旅行も終わりを告げる。それを象徴するかのように雨がアスファルトを叩いていた。店の前の敷石と道路に残っていたブーツの足跡が赤く滲み、洗い流されていく。
	
 別荘は山の中ほどにあった。浩二が趣味の狩猟を行うために年に二、三度、使用している。トランクの食料品やその他、細々した雑貨を別荘に運び込んだ。最後に後部座席のコンテナをカートに載せて運搬する。
「狭くて大変だっただろ? 今、出してあげるよ」
 コンテナの中には手足を縛られた女が入っていた。浩二の妻、坂上真帆である。目は白濁し、猿轡を噛まされた口から涎を溢れさせては顎を汚していた。
 坂上真帆は、不死者となっている。以前は最高の美人であったが、今や見る影もない。目を背けたくなる醜い化け物だ。だが、浩二の愛情には変化の片りんさえ伺えない。怪物となった彼女を感染前と同様に愛していた。
 別荘にやってきたのも彼女と生活を続けるためである。抱き上げられた真帆は猛烈に暴れ出した。だが、数時間前に投与した筋弛緩剤の影響、加えて腕と足の腱を切られているためたいした抵抗はできない。ダイニングキッチンの作業台に彼女の体を横たえ、ベルトで固定した。その周囲に医療用のペンチやメスを並べる。
 真帆は頭を振っていた。目の下で固まりかけていたマスカラが涙と汗で溶け始める。
「すぐ終わるからね。そうしたら二人で楽しく暮らせる。何も心配ないよ」
 降りしきる雨と雷の音が屋内へ響いていた。
	
 浩二は、ゆっくりとシャワーを浴び、ベッドに入る。すっかり満足し、何の憂いもなかった。
 今日は彼にとって忙しない一日だった。しかし、苦労の甲斐は充分にある。これからは誰にも邪魔されることなく、妻と余生を過ごすことができるのだ。
 一番の難関だったキッチンの掃除を浩二は思い返す。病院では清掃員に任せていたから、あれほどの重労働とは夢にも思わなかった。彼の着ていた衣服、モップ、雑巾代わりにしたナプキン等々は、もう使い物にならないだろう。苦行に勤しんだ清掃員が受け取る給金は、医師である浩二の百分の一、いや千分の一かもしれない。
 世間は、とても不公平なルールで動いていた。だが、神の前で行われた契約だけは是が非にも履行されなければならない。それこそが正義である。
 浩二は目を閉じ、たちまち眠りに就いた。
	
 浩二はカクテルドレスを纏った真帆の手を取っている。大学の卒業記念パーティだ。ウェルカムドリンクのためか彼女の頬は上気している。
「友達がね。変なことを言うの。あなたは変わってるって」
 そういった非難に浩二は慣れていた。有体に言って、彼に相手にされなかった女の誹謗中傷である。
「でも私は、あなたが好き」
 彼女は、他のどんな女とも違っていた。比するのも馬鹿馬鹿しい。
 浩二は、ようやく運命の女に出会ったのだった。
	

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