翌日、実加は血相を変え、圭介のもとへ飛び込んでくる。
「兄がいなくなりました!」
 実加は圭介を睨んでいた。
「あの女が兄に何かしたんだわ! あなたが私の話を真面目に聞いてくれないから」
 憤慨頻りの実加をどうにか椅子へ座らせ、圭介は話を切り出す。
「まずは、落ち着いてください。お兄さんが『いなくなった』とおっしゃいましたが、具体的にどういう状況でしょうか?」
 実加は圭介の忠告を受け入れ、兄の龍平に連絡を取った。携帯にも自宅の電話にも応答がないためメールで会合を持ちたいと言伝る。だが、龍平からは返信はなかった。業を煮やした実加は、本日早朝、龍平のマンションへ押しかける。会社の休日であるから当然、在宅であろうという腹積もりである。
「そしたら、あの女が出てきたんです。まるで自分の家みたいな感じで鍵まで閉めてました」
 憎々しげに実加は眉を逆立てていた。
「それで、私。あの女を追おうかどうしようか迷ったんですけど。兄さんと話したほうがいいと思って部屋に入りました。でも、兄は留守で」
「ちょっと待ってください。お兄さんは留守だったんですよね?」
 頷いた実加に圭介は話を続ける。
「女性は施錠していたとおっしゃっていたようですが、どうやって部屋に入ったんですか?」
「ああ。私、合鍵を持ってるんです。結婚する時、兄から処分するよう言われたんですけど、何かあったら困ると思ってそのままにしてました」
 圭介は愛想笑いを返した。
「中に入ったら誰もいなくて、それっておかしいと思いません? 絶対、変です」
「……これは私の考えですが、このままお帰りになって、ご自宅で寛がれてはいかがでしょう? 明日か明後日になれば、問題のほとんどは解決していると思いますよ?」
 椅子から立ち上がり、実加は首を横に振る。
「駄目です! 兄を探してください」
「……わかりました。事前に料金をお支払いいただけるなら調査しましょう」
 用意していたのだろう。実加はテーブルに封筒を叩きつけた。中身を確認し、半額を懐へ入れた圭介は領収証とともに実加へ封筒を戻す。
「これからですから、半日分で結構です。経費は別途、請求いたしますので、そのつもりでお願いします」
 金をもらえれば、否も応もなかった。
	
 龍平の住居は築十五年の市営住宅である。賃貸ではなく、建売の物件だ。
「お若いのに家持ちとはすごいですね?」
 実加は抱えるようにして大き目のバッグを探っている。
「ええ。中古で安く出ていたんですって。両親は反対してましたけど、兄はそのほうが落ち着くからって」
「お兄さんとご両親の関係は良好だったんですか?」
 ようやく鍵を探し当て、実加は微笑んでいる。
「もちろんです。兄は優等生で学校の成績も良かったし、両親も私も兄が自慢ですから。……どうしてそんなことを聞くんですか?」
「あくまで一般論ですが、早くから社会的な基盤を固めようとする方の中には、両親と不和な場合がままあります」
「それじゃ、兄には当てはまりませんね」
 開錠の金属音とともに実加はノブを回した。
	

[2014年 9月 6日] (c) 2014 ドーナツ